2007年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年06月

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削ってきたものは。

鉛筆

若い頃に手に入れた思い出深い品で、今では大切な宝物になっています。
なんだか骨董品のようなしぶい輝きさえ放っていませんか?
この電動鉛筆削りは電通のアートディレクターがラフスケッチを
描くときに、当時よく使用していたので私の憧れの逸品でした。
31年も前のことになりますが、無謀な若造がフリーになり旗揚げを
しでかした時に、とても欲しくて手にいれたものです。
色も型もまったく同じ三菱製です。

デザイン制作が、パソコンに代わりはじめた頃から使う頻度が少なくなり
いつの日か電源もぬかれて、オブジェ風になっていたのですが
昨年からはデスクの上に置くようになりました。
なかなか鉛筆をけずるまでの仕事をさせていませんが、役目をはたさないと
存在意義をもたないなと思いつつも、便利なパソコンに向かう日々です。
こうして徐々に変化しながら、すべて慣らされていくのか・・。
情報が簡単に手に入る時代はメールでパソコンで生活は豊かになったから・・。
あの頃に志したものが何であったろうかと、自問自答しながらふと考えてしまいます。
忙しい仕事の合間に鉛筆を削ると、その瞬間だけ一息つけた感覚を覚えています。
それってアナログ的と言うことでしょうか・・・。
時と共に生きている実感の度合いは濃いような気がしますけどね。
これまで削ってきた分の意味を、さらに深めていく為にもそろそろ赤い鉛筆削りを
復活させてみようかなと考えています。
そんな5月の最終日となりました。



| 日記 | 19:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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残ってくれたもの。

メドーゴールド

過去の懐かしい記憶が触発されたのでしょうか、
このごろ目にするものに思い出がよみがえります。
これは、かなり写真展の影響があるようですね。
復帰前そう高校2年生の頃に友達とアルバイトで制作したポスターです。
デザイン科の先生が持ち込んだ仕事でシルクスクリーンで仕上げています。
切り絵のように型紙をつくり刷り上げたものですが
とても雑でこんなものが、よくも商品として納品できたものだと思います。
あの頃は、とても自由な環境のデザイン科でしたから夜遅くまでのびのびと実習室で
作業をさせてもらいました。今ではとても考えられないでしょうけど
私たちのバイトも時間が無く深夜から泊まり込みで学校の実習室にこもり
守衛が廻ってくると写真室の暗室に隠れながら汗だくになり悪戦苦闘の作業
だったと記憶しています。うまくごまかしたと思っているのですが
実際はどうだったのでしょうかね、先生は解っていて黙認してくれていたの
でしょうか?お互いが楽しみながらワイワイと取り組むそんな良き時代の高校でした。
メドーゴールドの方は学生の勉強のために持ち込んだのか、解りませんが
今も10セントのズパードゥーパーのポスターは私の原点としてアナログのもつ強さで
励ましてくれています。

あの頃は資料や材料もなく、アメリカの古雑誌を探しに金髪のおねえちゃんの写真を
あさりに農連市場のかめや紙店に学校帰り友達と良く出入りしたものです。
手元にあるたった1枚のポスターは、そんな37年も前のものですが汗だくの若者達と
1970年代が目の前に蘇ってきそうです。
残ってくれた、そんなポスターからも作品を生みだすことの意味を教えられています。

| デザイン | 20:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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写真力

最終日となってしまいましたが、気になっていた
平敷兼七写真展を見ることができました。
会場には1968年〜2005年のオキナワがモノクロ写真で壁に
ピンナップされたように無造作に展示されています。
写真をみていると、懐かしいオキナワのイメージが脳裏から
湧きでてくるような不思議な感覚です。
私が社会にでて祖国復帰を経験した甘酸っぱい青春時代や八重山の島々で
過ごした小学生時代など・・。
1枚の写真から触発されるようにその時々の感情が蘇ってくるのです。
平敷さんの写真にはその時代を懸命に生きている人間の姿、というか魂が写し出されて
いるようでした。吸い込まれていくような情念がそうさせるのか
被写体が放つ生命のパワーなのか定かではないのですが写真の力
なるものを改めて体感することができました。
「山羊の肺」のタイトルで写真集が出版された記念展ですが
ひーじゃーではなく何故山羊なのかを聞くことは出来ませんでしたが
著者が高校のデザイン科の先輩であることや、友人を通しての知人であったりと
必然的なご縁があるんだとひとりで納得しています。
35年前の記憶の残像と事実である写真を対比させて解った
ことですが、どうも時代の状況にあわせて記憶の映像は少しずつ風化している
ように思えます。こんな感じでは無かったけどなと思える情景がいくつも・・。
時代はハイスピードで変化して行くようになってしまいましたが
過去の優しいぬくもりの感情が置いてきぼりにならないように
しっかりと心の情景を確認しながら生きていかなければならないな〜と
「山羊の肺」のページをめくりつつ過去の想いを確認しています
やはり写真の心は生命を残すことなのでしょうかね・・?
平敷さんアリガトウ!
写真集山羊の肺

安里三叉路 1970年那覇 
平敷兼七写真集「山羊の肺」影書房

| 日記 | 18:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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コラージュ

コラージュ

遊びこころで気ままにアートする「コラージュの世界」です。
コラージュは近代絵画の中から登場した張り合わせる絵の事ですが
モチーフは布や葉っぱや流木から写真・雑誌など
色々な組み合わせ方で自由に表現することができます。
写真を使うコラージュは心の奥にある無意識のイメージが、
浮上してくることがあるようです。
なぜかわからないが好きな写真、ふっと目についた写真。
直感に身を任せて選ぶと「知らない自分」にであったりすることもあります。
まるで心の中は広くてもうひとつの宇宙のようですね。
何気なく組み合わせた写真が予期せぬ事を表現しています
「視覚的言語」ビジュアルコミニケーションのようなものがあり
言葉ではないのですが、そこに「想い」を映し出しているようです。

今日はそんな看護アーティスト達がワイワイと楽しそうに制作していました。
自由に表現となるのですが、必ず数名は「こうしても良いですか?」と
了解の確認をもらいにやって来るので・・・。
自分の感じたイメージを感覚で楽しく表現する事に、なれていない学生がいるのです。
さて次週はタイトルとサインを入れ提出となりますが、どんな物語に
巡り会えるのかとても楽しみにしています。

段ボールのコラージュは説明の為に制作しましたが
作りながらラフな感覚で構成していくので、まるで工作のような遊び感覚で
夢中になってしまいました。
紙なのに木のような感じが段ボールにはあります。
切ったり破いたり、穴をあけたりわざと汚したりと、好き勝手にしていけます。
絵画と工作のあいだ平面と立体の間を遊びながら作品にすることができる、
とっても身近なアートだと思いました。
制作


marriage


薬品

| デザイン | 15:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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献体

別れは突然にやってくるものですね。
5月17日に敬愛する方が天国へと旅たちました、突然の知らせを電話で聞きながら
神父から「献体されていてご遺体は大学病院に運ばれています・・。」
その言葉は、しばらく理解する事ができなかったのですが、
生前に自分の体を医学生の為に捧げると約束していたようなのです。
さすがだな〜!とそれは感心するばかりです。

身も心も全てを神に捧げた方は伝道婦として戦前から活動し戦後の
琉球時代から沖縄が返還された後も、小さな身体で福音をのべ伝え多くの方々に
勇気と力を与えてくださいました。刑務所への慰問公演や、小さくて弱い立場の
人のために特に活動され、バチカンの聖パウロ二世から感謝状が贈られたほどの
方です。笑顔で元気に語る言葉はいつも神さまの事ばかりでした。
軽い脳梗塞で倒れられ入院したおりに、お見舞いにうかがうと車椅子に座り
バスタオルをすっぽり頭からかぶりナースセンターでウトウトとしていました。
私に気がついたのでしょう突然語り始めました、もちろん神さまの事です。
具合はどうですか?と訪ねても返ってくる言葉はもちろん・・。
30分以上もたつと、さすがに不安になり「私がわかりますか?」と訪ねると
「ハイ!解りますよ」の元気な返事の後また語り始めます・・・。
お疲れではと心配になり立ち上がり振り向くとナースセンターに人影は無く
二人だけの空間です。
なんだか不思議な時を過ごしているな〜と感じつつも優しくお別れをし病院を
後にしました。
それが二人だけの最後の貴重な時間となりました。
どうして、神さまとお会いしこの目で確認した事も無いのに。天国を見にいった事も
ないのに。なぜ力強く確信をもって語るのか・・・。本当はこの方は・・。
と思うほどの存在でした。

96年の生涯を神と共に歩み、人々に多くの愛と希望を伝えて永遠の命へ旅たちました
きっと天国で大きな喜びと嬉しさで元気に笑っていることでしょう。
神の懐で新しい永遠の命として活動する、それが先生の願いでしょうからね。
多くの方から「くらら先生」と親しまれた先生の霊名はクララです。光りです!
カトリック那覇教区をあげての追悼記念ミサは多くのシスター、修道者や神父そして先生が
愛した多くの一般の方々がお別れに参加しました。
元気な在りし日のお声が流れるなか手を合わせるのですが
遺体も遺骨もそこには無く笑顔の遺影がそこにはあるだけです。
「あなたたち悲しんではいけませんよ私はもう天国ですからね」
「バイバイ!またお会いしましょうね〜」と悲しむ時間さえも
与えずに、身も心も全てを他者のために捧げて旅たった先生。
ちょと寂しいのですが、生きる意味をまた深く考えさせられています。
天国での祝宴に乾杯!
教会

| 祈りとともに | 11:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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図書館の大砲

図書館

梅雨入りを宣言した途端に沖縄は快晴の日々が続いています。
そんな日々が続く5月はなんだか寝付きが悪く頭の中がスッキリしません。
まったく自分自身は、晴れ晴れどころか梅雨入りの雨模様です。

先週は絵本の読み聞かせと専門学校の講義に使かう本を探しに図書館へ出向きました。
いつものように、出迎えてくれるのは沖縄戦で使用された日本軍陣地跡地からでてきた
大砲の残骸です。
これは黒光りのオブジェではなく本物の昔の兵器ですよ・・。
なんでも平和教育の一巻で展示しているらしいのですが?・・・。
そんなセンスのなさにビックリするやら呆れるやらです、
どのように理解したらこの兵器の遺品から平和を愛する心が育まれるのか?????。
子供たちが絵本を読みながら、いやでもガラス越しにこの真っ黒い大砲が目に入るのです。
戦闘機や機関銃などが次から次に発見されるとこの図書館いっぱいに展示するのでしょうか
寝付けない脳はいつもより強烈に悪夢をみているようですが事実なんですよ〜。

それにしても絵本の世界は人間の本質を描きだすのでいつも感動と発見があります。
そして時には哲学的に、また奇抜なアイデアでいつも私たちの想像力をかきたててくれます。
大江健三郎氏は「想像力とはイメージを変容する力」と言っていますね。
それは自由に経験した事やイメージを重ねたり組み合わせたり操作する力のことのようですが
感性を高め感覚思考を育むためにも想像力は大きな役目をはたしていると思います。
やはり心の教育には芸術や音楽などで感動することが必要なようですね。
けれど教育の現場ではまたも美術の時間が削られたという事です・・。
そんな、教育のミスマッチを図書館の大砲にも感じてしまうのは私だけでしょうかね〜。
それとも梅雨入りの頭のせいでしょうかね〜?
絵本

| 日記 | 22:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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5.15祖国復帰

迷路

その日は朝から雨が降っていたのを記憶しています。
まだ成人式を迎えていない若い僕らには先の不安のほうが
強かったような気がします・・。
きっと希望というより社会人としての意識がまだ低かったのでしょう。
あれから35年。毎年迎える5.15の節目に何を思い何をしてきたのだろうか?
祖国復帰を説明してやらないと理解できない若者達に自分自身が
胸を張って沖縄が復活した記念すべき日と言えない無力さも感じています。
そしてそれは現実という大きな歴史の流れのなかでのほんのヒトコマでもあります。
沖縄は着実に前へ進んでいるのでしょうが、まるでラビュリンスを
歩いているようななかなか抜けることができない悪夢のようでもあります。
それでもナンクルナイサ!と気合いを入れて若者たちと力を合わせ
前へ進むことがウチナー(沖縄的)なんでしょうかね・・。
いやいや、若者はそんな事よりも自分自信を信じ、
とっとと世界へ羽ばたくのでしょうね。きっと。




| デザイン | 21:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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母の日に思うこと。

どこの大型ショッピング施設でも週末は母の日で
大賑わいのようでしたね。
母の日の語源や由来は諸説あるようですが1095年に
アメリカのフィラデルフィアの少女「アンナ・ジャービス」が
母の死に遭遇したことで生前に母を敬う機会を設けようと
働きかけたことに由来し、やがて米国全土に広まり
1914年にウイルソン大統領により5月の第二日曜日が国民の
祝日となったようです。
アンナの母が好きだった白いカーネーションを祭壇に飾った
ことから母が健在であれば赤いカーネーション亡くなって
いれば白いカーネーションを胸に飾るようになりカーネーションを
贈る習慣へ変化していったようです。
人間の誕生は母の胎内から始まることは間違いないのですから
自分が生きていることへの感謝は母を敬うことでしょうか。
ですから母の日はおめでとう!ではなく「ありがとう」ですよね。
時々「おめでとう」と聞くことがありますので・・。
母の日は任せてくれと夕食の準備で出かけたスーパーで気が付いたのですが、
若いお母さんが子供達を連れて忙しく叱りながら買い物をしレジへと
急ぐ姿が多いこと・・・。父親はどうしのだろうか?
子育てしながらの若い頃の母の日は私たちもきっとこんな光景だったのだろうか?・・。
ちょっと切なくもなり反省もしましたが、子供たちに母の日を教える為だけの
母親が疲れる感じのイベント化だけは避けられないものでしょうかね。
お母さんが子供たちを優しい微笑みで母性愛で慈しみをもって育てて行くためにも
夫たちが妻を広い心で支える行動力と勇気が必要ですので是非とも若いお父さん
達には頑張ってもらいたいものですね。
ゆったりと過ごした今年の母の日に感傷的になりながら、忙しすぎる現代の
若い家族にみんなでエールを送ってあげる社会的な優しさが必要だとも感じました。
そして、心から母の日「ありがとう」!

稲嶺

週末には家族をテーマに描き続けている恩師の絵画展に妻と一緒に出掛けました。
今回はコミニュケーションがテーマのようでしたが母の日とも重なり
暖か〜い気持ちになりました。
年を重ね七十を越えても若々しい発想で人生を謳歌し常にチャレンジする先生の
行動力にはいつも驚きと刺激をいっぱい貰って帰りますが
やはり人は人によって磨かれていくものだな〜とも実感しました。

| 日記 | 19:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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きりえ的な心だ。

きりえ

「きりえ」をしてみました
一般的にきり絵と言うとハサミで人物などを切り出したものを
想像するようです。
ほかに紙を使った造形方法に版画の型紙や影絵を映し出す形
沖縄では紅型の型紙などがあります。
「きりえ」がこれらと違う点は形の継承などをいっさい考えない
切った物を版としても使わない。
1枚の絵画そのものを創りあげる方法としてのみ取りいれている事です。
37年まえ日本きりえ協会があえて「きり絵」ではなく「きりえ」を選んだのも
創作するという強い姿勢が現れているせいです。
「きりえ」とは紙などを切って造形する創作のための絵画技法です。と定義
されています。
ですから、いかにして切った線の美を表現できるかがきりえの命なんです。
色鉛筆でカラーを施した生徒達の作品はオリジナリティーに溢れていて
とても楽しくイキイキと表現できています。そして黙々と取り組む姿には感心!ですよ〜。
その道を究めることはどんな事でも大変な苦痛を伴うことは共通でしょうが、
また楽しくなければ持続できないのも人の心です。
苦労のなかにも喜びをみつけ、自分らしさを大切にイキイキと
医療の現場でもアートの心を忘れず活躍してくれることを願っています。
そんな期待をしながらもカッターの刃を折る方法や折る事すらも解らない
生徒が多い事に戸惑ってしまいました。
カッターの刃に入ったラインが模様でなかったと今回の授業で
解っただけでも意味のあることかな・・・。

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| デザイン | 17:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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小さな楽園

楽園

グルメを気取ったわけではなく、ちょった変わった食事でもと
連休に家族で久しぶりのランチへでかけました。
前日から楽しみながらグルメナビで検索した候補の店
京風手打ち和蕎麦の店へ小雨の降るなか向かうことにしました。
北谷ハンビータウン・アラハビーチを前にしたその店は絶景のロケーションです。
夕日もきっと美しいのではと思いつつ席に着くと目に入ってきたものが
写真入りのテーブルサインです。
「映画 涙そうそう 撮影に使用したテーブルです」・・・。
そんな映画があったのは覚えているのですが観ていないので一瞬なんの事だろうと・・。
しかしテーブル席には親切に座った方々のネームまで張り付けてあります。
私の席には妻布木聡とあり長澤まさみ、麻生久美子さん達がこの
テーブルでなにやら語りあったようです。
ウキウキとにわかに観光客気分になるのはミーハーのせいでしょうか・・。
それとも乗りがよすぎるからでしょうか・・。
あきれ顔の娘達を前にカメラをもって来ればよかったねと
妻の携帯でパチリと証拠の品を?
きっとこの店「和niマニ」の空間は映画をご覧になって感動した方々にとっては
小さな楽園になってしまうことでしょうね〜。
食事の蕎麦やデザートも美味しかったのでもちろんお勧めです。
ところで画像はアスファルトの路上や車止めの溝にできた小さな緑の楽園です
なんと力強く美しい生命力でしょうか。
ふと気になり座り込んでしまうほど魅力的な小さな森は
私にさりげなく大きな安らぎを与えてくれます。
そんな小さな楽園は身のまわりでいつも私たちを待ち受けているのでしょうね。
2楽園

| 日記 | 18:38 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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万華鏡の向こうで。

万華鏡

目の前に拡がり移り変わりゆく光りの世界
まるで宇宙に吸い込まれていくような神秘的な模様です。
そこの会場には彫刻やオブジェのような存在感を持った造形美で
万華鏡の作品が展示されています。
初めて目にする万華鏡の展示会はひとつひとつが手作りの
オリジナル作品でアートそのものでした。
そして二度と同じものが生まれない万華鏡の模様と向かいあっていると
静かに感動の波が押し寄せてきます。
プラザハウスのグローバルギャラリーで展示会を開催した
万華鏡作家の角敏郎さんは多くの展示会でも活動する
行動美術のアーティストでした。
どうやら前々から娘や妻は万華鏡が好きらしく
私に「造ってほしい〜」と本気で言うのです・・。
そんな家族で味わう美の世界は連休をひと味ちがう
格別なものにしてくれました。


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始まりは・・。

holiday

大型連休なのに今年の我が家は特別な予定もなく始まりました。
のんびりと洗車をしたあと愛車でドライブでもするかと
出かけたのですが、近くに複合型海浜公園がオープンしていたのを
思い出しそこのビーチへ向かうことにしました。
親子で波打ち際を気持ち良さそうに歩いている家族や
ひたすらバーベキューの肉を焼いているオヤジさん、
汗だくで家族サービスをしている若いご夫婦などでビーチは大賑わい
お陰でゴールデンウィークの始まりをそこで体感することができました。
我が家から車で5分もかからない位置にそんなマリンパークが出来たとは・・・。
すぐ側には運動公園もオープンしウオーキングや散歩には持ってこい
のロケーションです、その気になれば週末だけではなく毎日でも
身体を動かすことができ、リゾート気分も味わえる西原マリンパークです。
ほんとに一石二鳥の環境ですよね〜。
思いっきり潮風を味わいゆったりと始まった今年のゴールデンウィークでした。
ビーチ

公園

釣り

| 日記 | 12:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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脳内朝露

朝露

サトウキビの葉に煌めく朝露にみとれてしまった朝の情景です。
弊社の塀越しにいつも小鳥のさえずりと蝶が舞う、お隣さんの畑は
土の香りとさわやかな風を運んでくれる、私の小さな楽園です。
ミツバチが忙しく月桃の花を訪ねてくる光景は、日常のことなのでしょうが、
なんだか今日はゆったりと見とれてしまいました。
そんな時間を、たまには思い出す必然性を感じながら自然の営みは
いつも変わりなく、美しいものなのだと改めて感心させられました。

それは連休の谷間のゆとりなのでしょうか・・・。
幸福感にひたった一日の始まりは清々しく脳内整理ができたような
気がしました。・・よ。
月桃2

| 日記 | 15:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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心のリセットボタン

ジャグダの展示会も無事に終了しホットしている間もなく五月晴れならぬ
雨での5月がスタートしてしまいました。
あっと言う間の始まりです。
4月は次女が新社会人としてスタートし、久ぶりに息子は帰沖。
長女は突然の入院やらで我が家の面々はなんだかんだで、
お疲れが溜まっているようです。ふ〜。

「5月病」てどんな病?ウム〜。懐かしい言葉だが・・。
今朝、娘にこんな事を問われたので確かな事を調べてみました。
五月病とは元来、大学入学後の学生が、5月連休あとくらいから
うつ的気分にみまわれ、無気力な状態になる事からついた病名です。
何も5月に限らず、また学生だけではなく、大卒者にも、一般人にも
見られる病態です。
五月病によく見られる症状とは、抑うつ気分、思考抑制、不安感、
あせりなどで、不眠、強い疲労感、やる気がでないと
訴える場合が多いようです。
つまり、新たな環境に適応できずに、そのことへのあせりがストレスになり、
"何とかしなければ"と思えば思うほど、深みにはまってしまうわけです。
疲れているのに眠れない、食欲や性欲も減退し、皆にとけこもうとするが
うまくいかずに自己嫌悪に陥り、放置しておくと重大な事になります。
とある。
新しい環境での生活は著しい変化で肉体や精神がくたびれてしまいます。
それらが5月になりストレスという形で負担をかけてしまうのが原因の
ようですが、うまく自分にあったストレス解消法を見つけなければならない
ともありました。
新たな目標や新しいものへの好奇心とチャレンジすることで生活の活性化を
心がける必要があるようですね。
しかし、この5月病は実は医学用語ではなく決まった概念や定義があるわけ
でもないらしいのです。
リセットボタン

なるほど「病は気から」心のバランスは常に整える必要があるようですね。
先週突然、熊本に帰った息子から元気な声で「とても仕事が順調だよ。沖縄に
帰れてとても良かったありがとうね」と連絡が入りました。そ〜か〜。
リフレッシュしてまた頑張っているんだね〜。との会話で彼は仕事は大変
だけども沖縄でリセットできたので頑張っていけると話してくれました。
健康や食事の心配など妻は息子の食事のバランスなども気にしていたようで
それもアドバイス通りに注意しているから大丈夫と伝えてね〜・・・。
そして、これから会社の方と遅い夜食にでかけるからと携帯電話を
切ったのです。

ところで5月3日と7日は息子二人の誕生日。そして毎年連休にあたります。
幼い時はキャンプ場でのケーキカットもあったりとフェスティバルの
まっただ中で行う、なんだか落ち着かない誕生日をいつも迎えてきました・・。
そんな二人も今年は家族と離れ県外での誕生日となります。
新しく年を重ねる息子たちが、たくましく成長するように祈りながら
つかれの溜まった沖縄の私たちはストレスをうまく乗り越えるため
心のパワーアップを目指し上手に心のリセットを行い
5月を乗り越えれたらと思っています。
さて、いよいよ連休も本番に入りますね・・。
どうぞ皆さんのご家族も連休は楽しくそして無事にお過ごしください。
そしてストレスも解消しましょうね〜!









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