別れは突然にやってくるものですね。
5月17日に敬愛する方が天国へと旅たちました、突然の知らせを電話で聞きながら
神父から「献体されていてご遺体は大学病院に運ばれています・・。」
その言葉は、しばらく理解する事ができなかったのですが、
生前に自分の体を医学生の為に捧げると約束していたようなのです。
さすがだな〜!とそれは感心するばかりです。
身も心も全てを神に捧げた方は伝道婦として戦前から活動し戦後の
琉球時代から沖縄が返還された後も、小さな身体で福音をのべ伝え多くの方々に
勇気と力を与えてくださいました。刑務所への慰問公演や、小さくて弱い立場の
人のために特に活動され、バチカンの聖パウロ二世から感謝状が贈られたほどの
方です。笑顔で元気に語る言葉はいつも神さまの事ばかりでした。
軽い脳梗塞で倒れられ入院したおりに、お見舞いにうかがうと車椅子に座り
バスタオルをすっぽり頭からかぶりナースセンターでウトウトとしていました。
私に気がついたのでしょう突然語り始めました、もちろん神さまの事です。
具合はどうですか?と訪ねても返ってくる言葉はもちろん・・。
30分以上もたつと、さすがに不安になり「私がわかりますか?」と訪ねると
「ハイ!解りますよ」の元気な返事の後また語り始めます・・・。
お疲れではと心配になり立ち上がり振り向くとナースセンターに人影は無く
二人だけの空間です。
なんだか不思議な時を過ごしているな〜と感じつつも優しくお別れをし病院を
後にしました。
それが二人だけの最後の貴重な時間となりました。
どうして、神さまとお会いしこの目で確認した事も無いのに。天国を見にいった事も
ないのに。なぜ力強く確信をもって語るのか・・・。本当はこの方は・・。
と思うほどの存在でした。
96年の生涯を神と共に歩み、人々に多くの愛と希望を伝えて永遠の命へ旅たちました
きっと天国で大きな喜びと嬉しさで元気に笑っていることでしょう。
神の懐で新しい永遠の命として活動する、それが先生の願いでしょうからね。
多くの方から「くらら先生」と親しまれた先生の霊名はクララです。光りです!
カトリック那覇教区をあげての追悼記念ミサは多くのシスター、修道者や神父そして先生が
愛した多くの一般の方々がお別れに参加しました。
元気な在りし日のお声が流れるなか手を合わせるのですが
遺体も遺骨もそこには無く笑顔の遺影がそこにはあるだけです。
「あなたたち悲しんではいけませんよ私はもう天国ですからね」
「バイバイ!またお会いしましょうね〜」と悲しむ時間さえも
与えずに、身も心も全てを他者のために捧げて旅たった先生。
ちょと寂しいのですが、生きる意味をまた深く考えさせられています。
天国での祝宴に乾杯!
